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2 農林水産消費・安全局長賞 <教育分野> 幕別町立途別小学校

「とべっ子ふるさとレストラン〜三世代立体交流型の食育活動〜」

発表者:幕別町立途別小学校校長 西山 猛(にしやまたけし)さん

 幕別町は帯広市に隣接した、日高山脈を臨む十勝平野のふところ深いところにあります。農業を中心とした人口2万6千人の町です。町内にある小学校9校の中で、本校の児童数は17人、職員は8人という僻地1級の小規模校です。3・4年生と5・6年生は複式学級、1年生と2年生は単式学級で全4学級ということになります。スピードスケートの盛んな十勝では、保護者の協力で校庭にスケートリンクを作ります。小規模校らしく、地域の全世帯がPTAの会員になっていただき、様々な学校行事や教育活動にご協力下さっています。

 さて、本校が位置する「途別」地域は、かつてアイヌ語で沼地という意味を表す「トーベツ」と呼ばれていたことが、その由来です。昼尚暗き湿地帯と原生林に覆われていました。十勝の開拓にあたった「晩成社」が、最初に入植して稲作を試みたのは明治16年(1883年)でした。しかし、冷害とバッタの大発生によってことごとく失敗。その後本州から移住した人々によって開拓された「途別農場」で最初の稲作に成功したのは、明治33年(1900年)のことでした。

 日高山脈の伏流水を源とする「途別川」の水温が年間通してほぼ一定であったことが、この稲作成功の理由とも聞いております。その後この「途別川」の恵みも受けて、獲れたお米は「途別米」として高い評価を受けるまでになりました。
 ところが、冷害等によって開墾以来86年間の稲作に幕がおろされる時がきました。最後まで稲作を続けられた吉島(きちじま)さんが、ついに米作りの継続を断念したのは昭和61年(1986年)のことでした。

しかし、厳しい北の大地に立ち向かって幾多の困難と苦労を乗り越えて、命がけで稲作に取り組んできた先人達の開拓魂と苦難の歴史・「十勝水田発祥の地」の歴史を途別から消さないでほしいという願いが高まりました。途別地区の稲作の歴史と伝統を自分たちの学校で継承しようという声が起こり、保護者・PTA・先生方が立ち上がりました。とっても小さな水田ですが、この学校水田が「途別米」の歴史を引き継ぐことになりました。最後まで稲作を続けられた吉島さんは現在、この学校水田の「田んぼの先生」になっていただいています。

 この学校水田の取り組みを第1期の活動としますと、これからお話しするのは第2期の活動です。「途別小ふるさと・ふれあい・フロンティア学習」と命名して、稲作体験活動をさまざまな食育活動に発展させようとしたのです。さまざまな栽培体験学習のほか、調理実習も行いますし、流しソーメンも体験しました。実は北海道では竹が育たないので、流しソーメンに使う竹は本州からわざわざ送って貰ったもので、大変好評でした。

 昨年からはさらに第3期の活動に入りました。今度は「体験活動の3つの柱と4つのプロジェクト」を立案しました。

●3つの柱

  • 地域の特性を生かし、豊かな人間性とたくましさを育てる体験活動の推進
  • 地域は教材、地域は先生。人やものとのかかわりを広げる体験活動の推進
  • 地域・保護者・学校を結ぶ三世代立体交流の推進
  • ●4つのプロジェクト

  • おいしい作物づくりプロジェクト〜とべっ子ふるさとレストランただ今開店中〜(食と農)
  • 生き物大好きプロジェクト(いのちと自然環境)
  • 民俗芸能継承プロジェクト(ふるさとと文化の創造)
  • 読み聞かせ隊プロジェクト(読書)
  •  3つの柱は、「食農教育」を位置づけた町の教育行政方針に則るものです。また各プロジェクトの中身はすべて学校の先生方と保護者が知恵を出し合い進めてきたもので、職員会議でも幾度となく話し合われたものです。このうち今回のコンクールに応募させていただいたのが、食と農に関する「おいしい作物づくりプロジェクト」ということになります。

     各プロジェクトの内容は多彩です。栽培する作物の種類も多くなりました。水田は小さいですが、野菜を栽培する学校農園は大変広いです。保護者から提供いただいた大きなビニールハウス農園もあります。生き物では羊の羊毛刈り体験もしました。
     このうち、「ふるさとレストラン」というのは具体的なお店というイメージではなく、1年を通して収穫できる作物をその都度学校給食で食べたり、また年末には地域住民を招いた収穫祭に提供したりすることの総称です。昨年も100人以上の地域住民が参加してくれました。この収穫祭が途別小学校のメインイベントです。
     一昨年(2003年)は冷害でお米がわずかしか収穫できなかったのですが、昨年(2004年)は豊作でした。モチ米(ハクチョウモチ)の他にウルチ米(ホシノユメ)も大豊作で大いに収穫祭が盛り上がりました。

     「民俗芸能継承プロジェクト」では、太鼓の演目を2題持っています。「途別百年太鼓」と「途別豆太鼓」です。昨年(2004年)は「国際コメ年」でした。札幌のテレビ局に招かれて子ども達が演奏したこともあります。また本日も同行していただいた桑井教諭が子ども達の衣装を手作りしてくれました。「田植え踊り」や「雨乞い踊り」も持ちネタです。
     「とべっ子ヨサコイ」というのは開拓百周年を記念して、子ども達が作詞をして近所のプロの方に曲づけをして貰ったものです。衣装はやはり桑井教諭が手作りしてくれました。「とべっ子ヨサコイ」は例年運動会で親子が一緒に踊るのですが、ある時、地域のお年寄りが是非踊りたいということで習いに来られました。動きの激しい踊りなので、本当に踊れるようになるのか不安でしたが、私たちも一生懸命お教えした結果、老人クラブの大会で見事に踊られました。客席の皆さんの多くも感涙され、私たちももらい泣きするといったひとこまもありました。

     もちろん栽培体験は楽しいことばかりではありません。おいしいものを食べるにはそれなりの苦労をしなくてはなりません。でも、子ども達は実によく作業します。作業の度に感想を出し合い、お互い励まし合っています。
     2003年は冷害で本当に不作でした。その時は稲刈り作業をあきらめようかと先生方と話し合ったこともあります。しかし、不作の時こそ絶好の学習の機会ではないかと、稲刈りを実施しました。不作の時も豊作の時も、両方体験してこそ体験学習になるのではないかという結論に至ったのです。
     このプロジェクトに一貫している考え方は、地域とともに歩むという姿勢です。20年間続いている学校水田の取り組みは、実際に地域のお年寄りを「田んぼの先生」に招いて、技術と知恵を伝授して貰います。もう一つは、「食べ物で季節を感じる子ども達」に育てたいという願いです。

     これらの活動が実を結んだのか、昨年度から道東初の「小規模特認校」に認定されました。「特認校」というのは校区を越えて通学することが認められるという制度です。最初は制度に応えてくれる校区外の保護者がいるかどうか心配でした。しかし、一昨年は十数人の見学者が訪れて、子ども達と一緒に稲刈りもしました。そして最終的に校区外から児童が入学するようになって、学級数も増え、先生の定員も増えたという、驚くような結果がうまれました。

     地域があって、子どもがいて、学校ができます。北海道の歴史は未踏の原始林への開拓者の果敢な入植から始まりました。いつしか人々が集まって集落ができ、子ども達が増えて学校ができました。途別小学校の歴史は明治35年の簡易教授所からはじまって、103年の月日が流れました。ともすれば学校が存在するのは当たり前のように思いがちですが、今一度学校ができる原点に立ち戻って、教育とは何なのか問い直すことが必要だと思います。私たちは、長い間取り組まれてきた「途別小の食農教育」とそれによる子ども達の確かな成長に子ども達の明るい未来と輝かしい明日のふるさとを思い描いています。

    (要約文責:事務局)


     1 農林水産大臣賞 塩山市保健福祉センター・塩山市食生活改善推進員会
     2 農林水産省 消費・安全局長賞 幕別町立途別小学校
     3 農林水産省 消費・安全局長賞 栄養食株式会社
     4 農林水産省 消費・安全局長賞 JA鳥取県食農教育支援センター

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