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食育コンクール2004
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    「なつかしい未来へ〜地域に大きな食卓をつくろう〜」

    講師:結城登美雄 (ゆうき とみお)

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    ■「地域の食卓」に集う人々

     そのころに町役場が100万円お金を出してくれました、僕は100万円で、集まったお料理全部1,300の写真を撮って、本にして、一軒一軒出してくれた人にお返しをしました。100品まったら100だけそこには思い出やレシピやいろんなものが込められています。そのことに「どうもご協力ありがとうございました」のお礼をしないといけないと。それをしないでやるのはつまらない町づくり、町おこしであります。僕もつくって持っていったら、「ああ、嘘じゃなかったね」と言われました。「次世代に残す郷土食」なんて言いながら、男は大体ホラ吹いて、うまく行って人が集まればそれっきりです。それは続きません。だから、どんなのでもいい、そのありがとうございましたという記録が子供たちに伝えていくときの道具になります。

    行列ができた、第3回「食の文化祭」

     でも、僕のことを同情して「もういいから」とか、「100万円は今度は食べさせたい」ということで、次はお料理を1万食分用意してくれました。普段のありふれた何でもないもの28種類を1万食です。ただではなんだから300円取りました。そうしたら行列ができました。東京にも行列のできる食い物屋が多いんだそうですが、名前も知らないような宮城県の加美町。山奥、コンビニもないスーパーもない、食堂もカツ丼とラーメンをやっているところが2軒あるだけのところに、行列ができました。3時間待ちであります。

     食べ物のことはわかった。でも、そこで「イベントではない」と。先ほど、最後の受賞事例発表でありましたけれども、食べ物をつくる人たちのこともやってくる人たちに知って貰いたい。だから、次に僕たちは、農家の庭先に「むしろ」を敷きました。

     そうしたら、東京からやってきた人がそこに腰かけて…。農家の軒先で、田植えの終わった田んぼがただ見えるだけの何もないところです。でもいい風が吹いてきます。苗がそよぎます。どこかから音が聞こえてきます。水の流れる音があったり、そんなのを見ている、聞いているうちに、30分も1時間も2時間もそこでぼーっとしているんですな。そうすると、何か心配してか、おじいちゃんがお酒なんか持ってきて、「飲むかい」とかって。そうするとまた宴会が盛り上がるわけです。こういう何の変哲もない場所で。そうすると、東京の人が、「何十年ぶりだろうか、こんなふうにして食事をしたことがあったなあ」という記憶を取り戻し始めます。そこから食べ物を支えている人たちのご苦労や自慢話や得意技や、さまざまなこと、話は尽きないわけであります。そこに子供たちも一緒にいます。

     「ハウス」を見たことがない人がたくさんいます。食育にビニールハウスは意味がないのではない。ハウスでキュウリがこうなっているのを見たことがない人が多いんです。キュウリってこんなに痛いトゲがあると知らない人が圧倒的に多いんです。農家の庭先だって食育のとても豊かな場所です。そして、一つ一つ聞いたらおじいちゃんおばあちゃんは何でも答えてくれます。こんな食育のすばらしい先生はいないです。だから、私は宮城教育大で教員養成ですけれども、教師になる奴に、おばあちゃん、おじいちゃんのところに行って、「お前らも食育やらなければいけねえんだから、師匠と仰いで」と言って引き会わせています。

     そうすると、お母さんたちが「子供たちにこういう場で(食育体験を)やらせてあげたい」と言うので、交通公社が「何台かリクエストがあるんで」と来るんですが、僕らは忙しいために対応できなくて、バス1台、40人ぐらいしか対応できません。

     ダイコンを抜く、ゴボウを抜く。ゴボウを一つ抜くことにどれだけ時間がかかり、どれだけ深い根のところにあって…。こんなことを体験したって何の意味があるかと疑う向きがあるんですが、僕は6歳ぐらいのときに自分の祖父に、祖母に、初めてジャガイモを収穫することを教えてもらいました。小さいのはこうやって(土の中に埋め戻し)、次の日また掘って収穫する。前の日にはねた小さなジャガイモをゆでて、塩ぶっかけただけのを食べさせられて、「ああ、昨日お前がとったジャガイモの小さいやつが、ほら、これだよ」と言われると、その味を一生忘れません。抜いた手ごたえも覚えています。僕は、そのことがやがて子供が生きていくときの大きな財産になるんだと思います。

     あまり意味づけなくても、一つの作物を掘り起こす、収穫するということの中に、子供は無限のものを胸の中にたくさん仕舞い込んでいくはずであります。それがやがて現れてきます。どこかのお弁当に「きんぴらごぼう」が入っていたら、「ああ、あのときの抜いたゴボウがこういう料理になったんだね」と。スーパーの惣菜売り場もまた違う目で見えてくるでしょう。デパ地下の風景も違う目で見えてくるでしょう。そういう意味では食べ物をつくる、そうして、なおもっと大事なことは、一緒に種を蒔かせてあげるということです。

     日本の家族は小さくなっていきます。2人暮らし、3人暮らしになります。だから、おじいちゃんが「ばあさん、天ぷら、ときどき食べてえけど」と言っても、ばあさんは相手にしません。「だって、じいさん、あんた天ぷら2切れぐらいしか食わねえのに、油は四合瓶かかるんだぜ。だから、どこかで食べていらっしゃい」と言って、老夫婦がため息をついています。

     たくさんつくったらおいしいものを食べられる場が、地域に必要になりました。一人暮らしが、家族の食卓が寂しくなっていく分を、地域の食卓、地域の食堂、地域の茶の間、そういうものをこれからみんなが集まる場としてつくっていく。

     その試みとして、左下のようなものをつくってみました。お餅が3つついています。納豆、お雑煮、酢の物、煮物、和え物、お魚、お酒もついているんです。さあ、皆さん、東京だといくらぐらいの値段をつけてくれますか。つきたてのお餅ですよ。お母さんたち、「目いっぱい頑張って1,000円。売れるかしら」と言っている。僕が「1,500円にしよう」と言っても、どうしても1,000円になった。すぐ売れました。100人分、10分です。そうしたら、お母さんたちは「やっぱり1,500円にすればよかった」。

     自分たちのやっていることは値打ちがないと、どこかで思っているんですよね。そんなことないんです。そうしたら、今度は「食堂をつくりたい。そこで子供たちと、つくった人と一緒に。そういうお店も地域にほしいよね」というのが、地域の食卓づくりの動きの中に出てきました。

     僕はいつも村を歩くと軒下を見て行きます。夏ごろ、タマネギがぶら下がっています。ニンニクもぶら下がるでしょう。冬には干し柿がありダイコンがあり、次々に加工の、ものすごい知恵の世界があります。「タクワンどうしておいしいの」「どうして5月になってもハクサイは酸っぱくならないの。シャキシャキしているの」。僕は不思議でしょうがないんです。おばあちゃんにストーカーのようにつきまとって、漬け物の作業を記録にとりました。わかりません。「こんなぐらい」。「ばあさん、待って」と、塩を秤にのっけてこうやって何グラムだと確認。でも、それだけではないんですな。わからない。科学では難しいんです。どうやってそれをやるか。塩ふり加減がポイントだというふうにだんだんわかってきました。「どのぐらいの塩ふり加減かい」と言ったら、「このぐらい」としか言わない。「このぐらいって?」「ああ、そうだ、お舅さんから、お姑さんから教えられた。初雪が降ったぐらい」。やがて初雪が降るころ。それだったら青菜の上に初雪が降ったぐらい。それがわかりやすい形で伝わっていくんです。何グラム、何CCではなく、初雪が降ったぐらいの塩ふり加減が、半年の漬け物なんだそうです。

     そんなことの宝庫がたくさん。こういう7万回のおばあちゃんたちが持っているとんでもない世界を先生に、子供たちと出会わせていく、大人たちが向かい合っていく。そうすると、こんな大きな地域の食卓が出てきます。


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