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第2回食育フェア
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    「なつかしい未来へ〜地域に大きな食卓をつくろう〜」

    講師:結城登美雄 (ゆうき とみお)

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    ■なにもない町の宝物 「海の畑」

    宮城県北上町

     その食卓を、同じように海でやりました。今度は宮城県庁からの「食の里づくり」という事業の相談です。僕が選んだ町は、やはり「何もないですよ、あそこ」といわれてしまう北上町という町です。お役人さんたちは不安だったと思いますよ。

     ここは北上川河口です。太平洋があります。海があり山があり川があり、磯ではもうあと1週間もするとフノリ、マツモが上がります。

     これはロッククライミングしているのではないんです。76歳のおばあちゃんです。きょうも多分やっている。そして、「ここが私の畑です」と言うんです。海の畑です。ここに嫁いだときは、「ああ、何とひどいところに来た」と思ったらしいです。(場内笑い声)でも、嫁いで半年もしないうちに、ここはよいところだとわかった。「ここはご馳走が次々にやってくる」と言うんです。だから、お金がなくても安心して子供を育てられる場所だと。どうでしょう。今、子供を安心して育てる場所をどうつくるか、日本中を挙げて心配しています。その動きの中に、ここはフノリ、マツモ、次々にごちそうが。そういうものがあれば安心して子育てができる場所、僕はそれは豊かな場所だと思っています。

     それで、おじいちゃんが「何もなくてね、結城さん。ウニ丼」と言って、掘っても掘っても白いごはんの出ないウニ丼を「こんなもんしかなくて」と。おみやげにウニのおにぎり、ウニの酢の物。頭クラクラきますよ。(場内笑い声)それを「何もない」と言う。

     ここもお店が一軒もないところです。13人のお母さんに集まっていただいて、1年間に採集したり栽培したりするものがこのぐらいあったんです。これは畑の作物。13人中13人ナスをつくっています。13人中11人つくっているのがトマトです。ピーマンは13人中12人です。シシトウは13人中4人というふうに、それを全部調べていったら、山菜は忘れましたが、40種類ぐらいありました。キノコがそのぐらいありました。木の実があります。お魚が、海草を合わせて120種類です。合わせたら350。それはお店に出ないんです。

     このリストを見て、我が宮城県庁のお役人さんたちも驚きました。つまり、北上町には食べ物を育む山、海、畑、田んぼ、川、沼、沢、野、このすべてがあるんです。「北上町は日本を凝縮する。海、山、川、あらゆる食べ物を育むところが凝縮されて、コンパクト。宮城を凝縮すれば北上町になります。北上町を広げれば日本になります」と言ったら、「おお、これで行け」と、事業が決定しました。(場内笑い声)

     「なにもないですよ」といわれてしまう。そういうところで多分食育は皆さんもご苦労なさると思うんだけれども、そういうときにはこういうのを思い出して、ホラ吹いてください。「我が町を凝縮すればジャパンになる、世界になる」って。(場内笑い声)

     いずれにしても「おまかせします」になったので、「親方、おまかせ」ぐらい楽なことはねえです。先生は13人のお母さん、おばあちゃんであります。材料は350種類。350種類のテキストであります。そして、教室は海、山、川、畑、すべてでやります。教室があって教材があって教師がいたら、あとは何もしなくていいんです。

    ■昔からある地域の食卓 「観音講」

     
    北上町の観音講
    そうしたら、ばあさんたちが「観音講というええものがあります」と。これはみんなで持ち寄り、みんなでつくり、みんなで食べるものだと。観音講というのは、女の人がお産をしたり労働が大変だからつくる休み日なんです。月に一回あります。そのときにお互い、お産のときの心掛けとか、心配をなぐさめあったり、教えあったりする場であります。それはそれとして、女がばかな亭主のことを忘れて、いじわるな舅を忘れて、姑のいびりを忘れて、パアーッと盛り上がる日なんです。そのときにご馳走をつくるんです。でも、派手にやっちゃいけねえから、精進料理でやります。そういう道具が下のほうに。皆さんの知識にだって残っていると思います。

     精進料理をつくって、みんなで地域の食卓をつくろうということをお母さんたちが提案してくれたので、こんな風に、いつもの通りに。それに子供たちを招待しました。さあ、で、僕はにわか先生になって、「大根1本だってね、お母さん3人で切っていただきましょう」と、クイズでやります。こっちの右上のほうで切っていますよ。そうすると、手が挙がりますよ。「輪切り」とか「千切り」とか。だって、どんな切り方もあるんです。そうすると、子供らが「おお、ばあさん、すげえ」となるんです。ばあさんすごいということは、先生すごいということです。

    ■人のつくる時間と自然がつくる時間

     島村菜津さんが右の方に写っていますよ。「イタリアに行かなくても日本にもスローフードはあったのね」とかって。当たり前です。スローとは何か。人間のつくる時間ではありません。たかが人間がゆっくりになったってだめです。特に男はだめです。すぐ急がされるとハイハイとついていきます。

     宮崎町でやったときに、いつも僕が苦労したのは何かというと、それは直前にならないと集まらないんです。ぎりぎりやらないと本気出さないのが宮崎町の女の人かと思ったら、「3回目は何とか、せめて1週間前」と言ったら、「ばかこけ」と言われました。「おめえにも都合があるのはわかるが、おらにも都合がある。いや、おらの都合じゃねえんだ。おら、ダイコンのホタテサラダっつうのを出そうと思っている。けど、ダイコンの食いごろは3日前にならないとわかんねえもんだ。食べ物の都合だよ」。

     食べ物の、その成長に寄り添いながらいただきますをやっていくのがスローフードであります。人間がその自然のリズムに寄り添えなくなって、わがままだけを通して、アメリカから海外から中国から。そこに安全だとか不安だとか偽装だとか、わけのわからないものが生まれているんです。食べ物の都合に寄り添う。それが食育でありたいと思っているんです。

    ■「いただきます」の4番目の意味

     そうすると、現場が必要になってきます。それで、こんなふうにおばあちゃんと、つくった人と子供たちが向かい合うんです。「さあ、食べますよ。食べるとき『いただきます』と言いますが、誰に言うんだい」。会場の人にも聞きたいんですが、皆さん、いただきますは誰に言いますか。子供らはちゃんと手を挙げますよ。「料理をつくったおばあちゃん、お母さんに」、「お魚をとってくれた漁師さんやお百姓さんに」。「おお。もう少しあるね」と言ったら、「えー」と。でも、どの小学校でもいるのが利発な女の子なんですな。ピッと手を挙げて、「水やお天道さんの自然の恵みに」。とかって来ると、周りが「おーっ」とか言うんです。「生意気ー」とかって。(場内笑い声)

     「もう一つあるんです」と言うと、誰も答えなくなります。それは、学校を通るときに、魚介類供養塔というのがあります。その魚介類供養塔は、僕らの代わりにお魚をとってくれている漁師さんたちが「ごめんね」と。人間は鳥を食べ、豚を食べ、牛を食べ、魚を食べ、生き物を食べて生きている存在です。それを日々やっている漁師さんは、おのずから「ごめんね」と思うわけであります。それはただ文化財として建っているのではないんです。そういう人がいるんです。

     その漁師さんに「ありがとう」と言ったときに、覚えさせられたんではなくて、だから無駄なくいただきます、ありがたくいただきますと。柔らかい気持ちのところに言葉を届けてあげなければ。テクニックとして「ビタミンCは何ミリグラム」とか「千切りに切って」とか、そんなことだけを覚えこませても忘れます。身につきません。一番柔らかい胸に、人間は鳥や豚や牛やお魚を食べ、野菜だって成長するということは生きているんだから、それにありがとう、ごめんなさい、無駄なくいただきます、と。僕はそれが精進料理をつくった道元さんが典座教訓で言いたかったことだと思っています。

     そうすると子供らは食べますよ。だけど、子供らは少ないと言うんです。特に男の子。「おー、少ねえ。これだけかよ」。でも、道元さんは「少なく盛りなさい」と言っています。お店はサービスでたっぷり盛りすぎます。だから残飯が出ます。道元さんは「少なく盛りなさい。その代わり、おかわりは何杯でも自由です」ということです。それを伝えると、子供は「おー、やった」と言って、3杯も4杯も食いながら一粒も残さないんです。

     ここ、僕は大事だと思っているんです。お金を取る側は不足にならないようにといっぱいやりますが、人の胃袋は大小あります。だけど、そ こを調節して少なめに、でもおかわり自由ですよという。日本の家族の食卓が育んだもの、それが地域の食卓の中の一つのベースになっていくだろうと、僕は思っています。


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