Home >> 2004 食育実証研究発表会 報告集 >> 1  

研究課題名

望ましい食習慣の実現を目指して

代表者 畑江敬子 お茶の水女子大学大学院
発表者 田中京子 お茶の水女子大学付属高校

 国民栄養調査の結果によりますと、子どもたちの食生活の乱れは深刻です。小中高校の教育現場でも子どもたちの食に対する意識と行動の変化が指摘されるようになりました。「子どもたちの生活経験が減っている」、「子どもたちの調理技術が低下している」、「子どもたちの調理知識も減少している」と、つねづね本学所属の小中高家庭科教員が集まりますとどうしても話題がそこにいきます。この感覚は果たして真実なのだろうかと考えまして、今回の研究に先立ち首都圏の小中高の家庭科担当教員にアンケートをしてみました。

 アンケートの結果によると、子どもたちの食に関する意識は確実に変化しています。食に対する関心は年齢が上がるにつれて低下しています。調理に対する関心は、食に関する全体的な関心の中では比較的強いのですが、それも年齢が上がるにつれてやはり低下しています。そして、食の興味関心への影響はテレビや雑誌によるものが多く、流行に非常に大きく左右されています。
また家庭科教員が食教育で重視している内容は、小学校では実習も含めた食全般ですが、中高では栄養であることも明らかになり、学年が上がるにつれて教育が理論中心に移っているということも分かりました。
また、一般の方に東京ガスがとったアンケート(pdf)があります。「料理をどこで教わったか」という調査では、「家庭科の授業で覚えた」というのはわずか0.8%で、これは家庭科教員である私たちにとってはとてもとてもショッキングな結果でした。

 そこで、子どもたちの成長にともなう技能の発達の実態を、小学生から大学生まで同一の内容による調理実習を行い、それをビデオで撮って分析をすることにいたしました。「小学生はみんなで調理する」、「中高大学生はそれぞれ一つの調理を一人で受け持って、そしてその人の判断と技能で仕上げる」という方法です。内容は「ジャガイモの皮をむいてゆでる」、「ワカメと油揚げのみそ汁」(これは煮干しのだし)、それと「ハムと野菜数種の炒め物」、そして「ホウレンソウのお浸し」(これは4人班のところだけ特別にやってみました)。その分析の結果、次のことが明らかになりました。調理の技能は小学生から高校生まで、また大学生までも殆ど差が見られません。1個のジャガイモを15分かけてむく、というのが殆どの子どもたちの現状です。また、動作が遅いこと、これは経験や練習不足の一言に尽きます。またそれ以上の能力や技能を要する段取り・手順等、全体を見通した取り組みが全然できていません。調理技能全体には男女の差がまったくなく、ただ経験の差だけが存在するという印象でした。

 これまでの学校教育での成果が、技能と知識、どちらも定着していません。そしてこのビデオについては、もっともっと分析を深めて、技能の定着あるいは生徒たちの手の動きの特徴を捉えながら、もっと効果的な指導法がないものかと探っているところです。
 これ(pdf)はそのとき実習に参加した高校生60名へのアンケートです。これによると、この実習に取り組むまでの生徒のそれ以前の調理経験が予想外に少ないことが分かりました。「みそ汁を1回も作ったことがない」という生徒が60人中7人もいました。それから「ホウレンソウをゆでたことがない」という生徒が半数近くいます。また「経験がある」と答えた生徒でも2,3回というところが最も多くて、こういうのが現状です。これでは技術を身につけるところまでもいっていませんし、学校で勉強したこと、体験したことも忘れてしまっています。

 このように、子どもたちは日常で調理することが少なく、反復による技能の定着がないまま成長し、そして調理に対する自信がついていません。また、そのせいで調理そのものを敬遠しがちであることが考えられます。そこで、これは面倒がらずに気楽に調理をして、上手に作れてまた作りたい、という意欲を起こさせるために、特別に簡単な調理を提案して、高校生と大学生に、実際に調理させて反応を見てみよう、簡単な調理からやって見る気を起こさせよう、ということで取り組んだのがこの献立(pdf)です。

 「肉と野菜の炒め蒸し煮」という題にしてあります。これは中国の家庭料理をもとに考案したものです。材料は豚肉、野菜、そして油、塩、しょう油、砂糖、さらにあればお酒、量はさほど気にする必要はありません。作り方はこのようにします。油に塩を入れて肉を炒め、しょう油と砂糖で調理して、そのなかに驚くほど大量の野菜を洗ってびしょびしょのまま加えてふたをして蒸し煮にしますと、全体が加熱されてしんなりしてきます。そして出来あがりはこのような状態(pdf)になります。これはチンゲンサイで作っています。ホウレンソウは少しアクがあると思いますが、それ以外の野菜でしたら、どのようなものでも使えますし、それから数種の野菜をとりあわせても、キノコを加えても、それから油揚げや厚揚げなどを入れても栄養のバランスがとれて、そしてご飯にあいます。味付けも濃い薄いがありますが、さほど問題はありません。生徒がだいたいうまくいったと思えるような結果になります。

 これは作ってみての感想(pdf)です。生徒たちの反応は「簡単でおいしい」、「栄養バランスがいいからこれからも作ってみたい」、そして「食材の応用範囲が広い」、「季節も問わない」、しかも「ご飯にあう」ということが書かれてあって大変好評でした。はじめこれを提案したときに、こんな地味なものが果たして生徒の気に入るだろうかと心配だったのですが、割にこういうものが人気がでました。それはどういう理由かと申しますと「地味だけれどもプロっぽい」というのですね。「デキル!」という雰囲気が得られると言いましてとても好評でした。材料や調味料を量らなくても失敗しない、ありあわせの材料で出来るもの、これが歓迎されて、そして日常生活で作りたい、作りやすい、というわけです。ただしこのような簡単な調理においても、切るとか炒めるとかそれなりの技術が不可欠です。基本的な技能がないとやはり負担感が大きく、出来上がりに自信が持てない、そして出来映えにも影響して満足度を左右するということが分かりました。

 これからの食の自立を目指した教育としては、まずは作りやすい簡単な調理の提案、そして家庭へも呼びかけて実践の機会を増やし、とにかく作ってみるように、そして家での調理の一部でも参加するように働きかけをする。また基本的な技能の定着を授業でも扱って、身に付くように指導する。この3つが大切だということが分かりました。加えて、提案する簡単調理には、人々がいま「外食」とか「中食」を余儀なくされる現状ですので、これらに不足しがちなビタミン、無機質、食物繊維などを補える工夫が求められます。勢い、野菜がいっぱい、そして成分が失われないように茹でるとか、あるいは特別に下ごしらえをして、ゆで汁あるいは野菜から出たものが失われる、というようなものでない調理法が望ましいと思いました。また、味覚の面でも健康への配慮があって、しかも個人の好みを反映できる、そして好きなものが好きな味に作れる、という工夫が必要だと思います。

 これらの点に基づいて、発達段階に即した食の自立のための調理の開発に着手したわけです。これは小学生向けの調理(pdf )です。「野菜たっぷりスープ」、「リンゴのパンケーキ」、「ハム入り野菜炒め」そして簡単な「炊き込みご飯」、「マカロニやスパゲティ何ででも出来るナポリタン」、この5品に、包丁とガスの使い方を入れて小学生向け冊子として提案しました。この冊子(pdf)は東京ガスの協力で印刷されて、全国の地方小学校に配布されるようになっています。そしてかなり活用されている様子も聞かれます。

 食の基本になる技能はやはり包丁を使って切ることです。小学校では、リンゴなどの皮むき(pdf)を家庭での課題として練習し、授業で成果を見せあうという取り組みをはじめ、調理の基礎・基本の訓練をこれまで以上に重視し、家庭と連携して定着させる計画です。

 中学生では「豚汁」などみそ味の汁物を応用の効く基本調理として取り上げていきます。また、中学生の発達段階の特徴を考え、背伸びしたい気持ちを汲んで、ミートソースやシチューなど少し高度だけれど達成感のある調理を組み入れて、そして体験させて、調理への意欲を育てようという風に考えております。

 高校生は、一人暮らしの場合でも買って食べるだけの生活はしたくない、そして無駄のない、手早く作れる料理を覚えたい、と多くの生徒が訴えます。生徒は、具体的には冷蔵庫の中にあるもので適当に作れるようになりたいという風に言うのですが、冷蔵庫には「入れておかないと無い」ということを忘れているところが高校生の愉快なところです。そして調味料を量らずに味をつけたいと言うのですね。簡単といっても食材や味へのこだわりはあります。そこで高校生の作りたい料理を食材や手順をふくめてどこまで簡単に出来るか、そしてどこまで応用範囲を広げられるか試そうと思いました。そして最低限の基本的な調理を「ミニマムエッセンシャル」という風に名付けて、技能の修得と興味を湧かせる原点にしようと致しました。まず、生徒が作れるようになりたい料理を挙げます。そしてそれを元の料理の特徴を残して、材料と作り方を検討して、出来るだけの単純化を試みます。そして作ってみます。味や栄養の点からまた検討を加えます。この時点で栄養士さんに入っていただいて検討をしてみました。

 これ(pdf)が今回生徒たちの希望をもとにして作ったメニューです。これらはどれも驚くほど簡単に出来る割にはまずまずの味です。小麦粉を振り込む形のクリームシチューは高校生の好きなグラタンやドリアに変型させることもできます。それから豚肉と白菜のスープでは、ちょっと変えれば八宝菜になったり、中華丼や焼きそばのアンかけにも使えます。またオムライスと書いてありますが、米に油で炒めた具材を加えてそのまま炊きますとこれがピラフになります。それに卵を焼いてのせますとオムライスになりまして、これは自分で作った方がよほどおいしいという生徒の感想でした。豚汁はみそ汁の変型ですし、これ以外に肉ジャガとか炊き込みご飯なども出てきたのですけれども、中にドライカレーとビビンバ風どんぶりというのがございます。これはどうしてもビビンバとチンジャオロースが食べたい、そしてカレーも自分で作りたいという生徒の希望を入れて、(こんな形でいいのかと思いつつ)作ってみました。お目にかけます。

 これがビビンバ風どんぶり(pdf)ということになっているのですが、ビビンバからはずいぶん離れてしまいました。チンジャオロースとビビンバを譲り合わないものですからこうなりました。これは、炒めたどっさりのピーマンにモヤシを加えてさっと炒めます。それにコチジャンを入れて、砂糖しょう油で濃く味付けした牛肉とスリゴマを混ぜてご飯にのせますと、これがなかなかおいしいのです。生徒はとても喜びました。次にこれはドライカレー(pdf)です。刻むのが大変なのですが、電子レンジでルーを使わずに本格的なカレーが出来ますし、油が使われてないことが生徒にとっては嬉しかったようです。

 そしてこれをもとに大学生にも調理実習を行いました。いずれも単純な材料でうまく出来るということから、もっとこの種の調理を教えてください、そしてこんな調理なら何回でも習いにきますという風に大学生は答えています。

 これまでも本校では、基本的な調理に絞った実習をしてきたのですが、これを機会にもっと簡単で、そして普段家庭ですぐに作れるような献立で調理実習をもっとやっていこうということになりました。そして今までの結果を冊子に作り配布いたしました。それから生徒自治会紙というのが学校にあります。それに載せて今回授業を受けなかった全生徒にも広めました。さらに今年の新入生にも配りました。今回提案したメニューは生徒主導のため、流行の味や洋風・中華風が多く日本食が少なかったので、今度は日本食をもっと入れて、生徒たちと何回も試行錯誤を重ねていきたいと思います。

新しく家庭科を学ぶ生徒たちには、食の自立を学ぶ基礎として技能の定着を目指して、量る、切るなどの基本的な技能を月ごとにテーマを決めて取り組んでいます。これ(pdf)は包丁の達人を目ざすという夏休みの記録ですが、1日に1コマずつ、切ったものを書いて埋めていくというものに、生徒は非常に熱心に挑戦してこのようにビッシリ埋まり、家庭の感想も聞かれました。

 これからの計画としては、ビデオによる技能の分析をさらに進めて、技能の発達を促すようなプログラムを作ることと、小学校・中学校・高校でさきほどお話ししたと同じような、発達段階に即した基本の調理(pdf)を組み立てて、「ミニマムエッセンシャル」として指導していきたいと思っています。また、昨年と今年の夏に、本学の大学と付属学校が連携して夏の研修会を行っています。この夏の研修会で、食教育に関心を持つ人たちを対象に調理実習を含めた研修を行いました。昨年度は肉と野菜の炒め蒸し煮、今年度はみそ味の汁物を、環境への配慮・文化、この両方に視点を持ち広がりを持たせて取り組みました。このような集まりを私たちの研究をもとに、大勢の人たちとの食教育の連携を広めるためにも長く続けていきたいと思っております。有り難うございました。


←開会挨拶  →次の発表報告