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研究課題名

「ぎょしょく教育」プログラム開発に関する研究
――地域特性に根ざしたプログラムの検討:愛媛県を事例として――

研究代表者/発表者 若林 良和(わかばやし よしかず)  愛媛大学農学部海域社会科学研究室教授
阿部 覚(あべ さとし) 愛媛大学大学院連合農学研究科大学院生
 

<報告:愛媛大学農学部 若林良和>
前半の「ぎょしょく教育」の目的・視点、プログラムの内容に関しては私が、後半は実践活動を実際に展開している阿部のほうから、報告させていただきたいと思います。

【目的・視点】
まず、水産版の食育を着想するに至った、水産の社会・経済的な背景や状況についてお話します。

食料自給率の低下と輸入物の増大については、水産物も農産物とともに同じような傾向になっています。さらに、水産物流通ですが、いわゆる市場外流通の進展も含めて、非常に複雑で、多様化しています。こうした背景のもと、日本人の食生活はドラスティックに変化してきました。

漁と食(生産と消費)の乖離、水産物の安心・安全に対する不安、食育基本法の施行などの問題から、食育の必要性は増大しております。そのなかで、私たちは、水産分野の食育にこだわろうということでございます。つまり、日本人の魚離れ、とりわけ、子供の魚離れが顕著である点に着目した食育の必要性を感じ、この研究を進めることにしたわけです。

日本人の魚離れが進んでいることは、総務庁の調査からも明らかです。30歳以下の世帯の生鮮魚介類の購入量は、60歳代以降の4分の1という状況になっています。
さらに、大日本水産会の調査によりますと、魚を食べない理由としては、「同居家族が魚介類を好まないから」、「肉より割高だから」、あるいは、「調理の面倒さ」等々があります。そのなかで注目したいのは、45%を占める「同居の家族が魚介類を好まないから」という回答で、実は、そのうちの77%が「子どもが好まないので魚を使わない」と答えているのです。
この点は極めて由々しき状況であり、それを少しでも是正していこうというのが、本プロジェクトの基本的な課題であります。

また、私たちの大学があります愛媛県の学校給食を見てみますと、水産物は農・畜産物に比べて、県内産の食材が極端に少なくなっております。地産地消の推進ということも含めて考えますと、愛媛県という地域に根ざして、地域の特性を活かした対応が抜本的に必要だろうと考えたのです。
つまり、魚・水産版の食育というものをきっちりとつくっていこうというのが、本プロジェクトの主旨です。そして、その場合には、地域の水産業を基盤にして、食の多様性、あるいは、その食育の方策に新たな指針や方向性を提示しようとするのが、本プロジェクトの意図なのであります。

【「ぎょしょく教育」プログラムの内容】
この魚・水産版の食育である「ぎょしょく教育」ですが、これには3つの視点があります。
第1に、地域特性を活かすこと。
第2に、従来の「ぎょしょく」というと、魚食普及を念頭に置いた活動が多いわけですが、それを新たな視点から構築し直すためのコンセプトを検討し提示すること。
第3に、従来の食育実践活動は栄養学や家政学などの学問分野において非常に先行しているわけですが、それだけでは限界があると思います。私どもの専門である社会学や経済学などの社会科学的なアプローチで、水産に関わる生産〜加工〜流通〜消費というフードシステムの考え方も踏まえて、トータルに把握すること。
いずれにしても、水産分野に関する食育を、総合的、かつ、動態的な展開を試みることに、本プロジェクトの主眼があります。

では、その「ぎょしょく教育」とは何か。実は、「ぎょしょく」の部分を平仮名にしたところに、大きな意味があります。全国漁業協同組合連合会などの水産系統団体をはじめ多くの組織がやっている魚食普及も大切ですが、その前段階も含めて、「魚触」→「魚色」→「魚職」・「魚殖」→「魚飾」という一連のプロセスを経て、「魚食」に到達するプログラムが重要だと考えます。(右図参照)

まず、第1に、「魚触」とは、調理実習や魚に直接、触れる体験学習です。あとで紹介しますが、魚のさばき方が象徴的なものです。
第2に、「魚色」です。これは色、あるいは、嘱のことです。魚の種類や栄養など、魚本来の情報学習です。
それから、第3の「魚職」は生産や流通の現場を知る学習です。ここでは、愛媛県を事例としますので、主に、「とる漁業」があてはまります。
第4に、愛媛県の場合、もう一つの漁業である養殖業が盛んですから、養殖の殖を当てはめた「魚殖」で、養殖の生産と流通の現場を知る学習です。これは「育てる漁業」ですが、愛媛県という地域の特性を考慮すれば、これも、きちんとプログラムに位置付けていく必要があると思います。
そして、第5に、「魚飾」です。これは伝統的な魚文化の学習をきちんとやっていくことです。郷土料理、あるいは、年中行事のなかの伝統的な魚料理があります。それらを明らかにして、それらを継承していくことが重要になってくるでしょう。
最後に、第6の「魚食」は、魚の味を知る学習です。ここでは、実際に地元の港で水揚げされた魚を使って調理をして、それを食べるところまで行います。

以上のように、このプログラムは、第1の触れる体験学習〜第2の魚に関する情報学習〜第3の「とる漁業」の学習〜第4の「育てる漁業」の学習〜第5の伝統的な魚文化の学習〜第6の魚の味を知る学習、という6つの段階で進めるのです。
これらの魚に関する6つの「ぎょしょく」を精緻に、かつ、体系的に捉える学習。これこそ、私どもが提唱する「ぎょしょく教育」のコンセプトであり、その実践を進めてまいりました。では、次に、その具体的な実践活動を紹介したいと思います。

 

<報告:愛媛大学大学院 阿部覚>
【ぎょしょく教育」の実践】
今回の実践活動の舞台は愛媛県の最南端にある愛南町です。授業の概要ですが、実践的な授業の対象者は小学校5年生を中心とする高学年の児童とその保護者です。漁業・水産業の盛んな愛南町のなかで、比較的、山間部に位置する小学校と、臨海部に位置している小学校の2校を取り上げました。
授業の目標は、地元で水揚げされる魚を知り、魚をより身近なものとして興味や関心を持たせるとともに、地元の水産業への理解を深めることであります。「地元の愛南町で水揚げされている魚は何か」というテーマに、講義〜調理〜試食の3部構成で行いました。

1.講義−地元で水揚げされる魚を知る
講義では、地元の深浦漁港で水揚げされた魚を使用しました。ただ、座って授業を聞くだけではなくて、魚に触れながら、「魚触」の授業を行いました。

右の写真の女の子は、カツオを得意げに持ち上げています。後ろのほうにおられるのが保護者の方です。
保護者の方々にも、地元の魚を知ってもらうために、子どもたちと一緒に授業を受けてもらいました。

この授業のなかで、お魚クイズをしました。子どもたちには少し難しかったようで、沈黙する場面もあったのですが、わかるものはみんなが喜んで手を挙げて答えてくれました。会場の皆さんは、おわかりなられますか。答えは、1番がカレイ、2番がイワシ、3番がカツオ、4番がブリ、5番はひっかけ問題で、うろこです。6番がアジ、7番がサバ、8番がマグロ、9番がカマスですね。このように、クイズを織り交ぜながら、楽しく授業を進めました。

 

「魚殖」では、愛媛県の県魚にもなっていて、愛媛県が全国一の生産量を誇るマダイを中心に取り上げまし た。これら2匹は天然マダイと養殖マダイです。どちらが、天然で養殖か、おわかりになりますか。実は、上が天然物で、下が養殖物なんですよ。養殖物は少し日焼けをしていて、黒っぽいのです。
マダイは魚の王様と言われますが、その名前にあやかって、タイという名前のつく魚は日本に200種類も、300種類もいるようです。愛南町だけでも、これだけのタイがとれています。色分けしているのは、上が一般的な名前で、下が地元の深浦漁港あたりの名前です。
たとえば、アマダイは地元でビタと、イシダイはコオルと呼ばれ、地域によって呼び方が違うことも一緒に勉強する必要があると思い、取り上げました。

 

2.調理実習−地元の魚をさばいて食べる
続いて、第2部の調理実習ですが、ここではタイとカツオを取り上げました。
タイについては、愛南町生活研究協議会の方々に調理の指導と補助をしていただきました。これは子どもたちがタイのうろこ取りをしているところです。多くの児童が初めての体験だったようで、タイの頭のほうからうろこを取っている子どももいました。「うろこ取りは、しっぽからですよ」と協議会の方が、やさしく丁寧に指導されていました。
カツオについては、解体とたたきづくりを実施しました。まず、解体では、実施したのが12月だったものですから、カツオがなくてキハダマグロを使用しました。愛南町魚食研究会メンバーの鮮魚店の方にお願いして、プロの包丁さばきを披露していただきました。約10sの大きなキハダマグロを、目の前でさばく様子を見た子どもたちの眼差しは真剣で輝いていました。また、たたきづくりは山間部の小学校で育てたイネワラを使って、カツオをたたきにしました。

 

3.試食
そして、いよいよ、第3部の試食です。食材は、すべて愛南町でとれたものを使っています。体育館を会場に、その日の授業を振り返りながら、和気あいあいと郷土料理を食べました。
タイ飯は地域によって様々ですが、ここではタイの切り身にゴボウやニンジン、キノコを入れた炊き込み風の御飯です。それから、この地域では、高知県と同様に、大勢のみんなが集まる時には大皿に料理を盛った皿鉢料理が出されることから、解体したキハダマグロなどを盛り付けました。

【授業の反応・評価】
このような授業を行った直後と、その1カ月後の2回にわけて、児童と保護者に対してアンケートを実施しました。ケース数が限られていますが、以下のような反応や評価がみられました。

1.児童の反応・評価
児童は「魚触」に対して強い反応が出ました。特に、山間部では、半分以上の子どもたちが一匹の生魚を触ったことがなく、初めての経験に感動したようです。また、「この授業で魚を触ってみて、切ってみてどうでしたか」という質問に対して、山間部の学校では、33%の児童が第一印象として「気持ち悪かった」という回答でした。
一方、臨海部の小学校では「気持ち悪かった」という答えは比較的少なくて、「おもしろかった、楽しかった」という印象でした。
しかし、山間部の「気持ち悪かった」という子どもたちに詳しく聞いてみると、これまで触ったことがなかったので気持ちが悪かったけれども、今後、「できれば自分で包丁を握って魚を切ってみたい」、あるいは、「また魚を触ってみたい」という好意的な方向に変わっています。

2.保護者の反応・評価
保護者に対するアンケートでは、「魚飾」と「魚食」に強い反応が現れました。日常では郷土料理のタイ飯や冷汁などをつくる機会がなかったことから、「その料理方法や技を実際に勉強できてよかった」、あるいは「地元の魚を知って、今後の食生活、料理に生かしたい」という、積極的な評価が多くありました。
これに関連して、「ご家庭で魚をさばくことがありますか」という質問に対して、山間部の学校では「よくある」・「たまにある」・「ほとんどない」という回答がほぼ3分の1ずつになっていましたが、臨海部の学校では「よくある」という回答が7割近くで、多くのお母さんが家庭でも魚をさばいているようです。ただ、「よくある」と答えたお母さん方も、よく聞いてみるとアジやイワシなど小さい魚なら自分でさばくけれども、カツオのような大きな魚は、おじいちゃんや、おばあちゃんに任せているという回答もありました。

3.1カ月後の追跡アンケート結果
授業直後のアンケートに加えて、1カ月後に追跡アンケートを実施しました。その中で、「授業を受けた後、お子さんが魚を食べたいと望むことがありましたか」という質問に対して、山間部の学校では「ある」と答えた52%、「ない」という方が43%と、約半分ずつくらいでしたが、臨海部の学校では、「ある」と答えた方が80%でした。このアンケートから、今回の授業に関する教育的効果が一定、現れていると思います。

【総括と今後の展望】
授業の実践的な効果としては2つあります。一つは地域水産業の理解を深めること、さらには、魚に対する知識を習得することです。もう一つは漁と食の乖離を解消することがあげられます。特に、ここでは小学校を対象としており、若年層に対する魚への興味や関心を増すことです。そして、これらを中心に、地域水産業の活性化や地域資源の有効な活用などにつながっていけば良いと思います。

これまでの「ぎょしょく」といえば、魚の調理や魚料理などで、学校教育課程でいう、家庭科の調理部分が中心となっていました。しかし、私たちは、家庭科のレベルにとどまらず、社会科や国語科、さらには理科も含めて、教科間の連携を図っていくことが重要であると考えます。また、実際に「ぎょしょく教育」をより効果的に実施していくための組織が必要です。つまり、今後、「ぎょしょく教育」の地域協働システムを確立し、さらには、「ぎょしょく教育」に関するツール開発も不可欠だと思います。

この授業は、地域の方々に絶大な協力を得て実施しました。魚は、すべて愛南漁協や水産会社の方々に提供に提供してくださいましたし、また、先程、紹介しました愛南町生活研究協議会や愛南町魚食研究会の皆様には、実際に授業をしていただきました。冒頭に紹介した6つの「ぎょしょく」のコンセプトに加えて、この授業を実施するための地域協働システム、つまり、「魚織」の確立を第7の「ぎょしょく」として位置付ける必要があります。そして、今後も、さらに「ぎょしょく教育」を継続的に発展させていきたいと考えています。

座長坂本:どうもありがとうございました。私ども、食育、あるいは食農教育という言葉をよく使っておりますが、水産分野でこのように非常に高度な組織をつくって取り組んでいる事例は、今回初めて伺いました。すばらしい取り組みだと思います。フロアーの皆さん、どうぞ、ご質問なり、ご意見なりをお願いします。

意見:私どもは大阪で、都市型食育というものはあり得るかということで勉強しております。今年、初めて魚に挑戦したこともありまして、今日のお話はとても感動しました。大阪は、おいしいものがたくさん集まってくるところですが、なかなか心までは届きません。ここに問題があるのではないかということで、子どもたちをバスに乗せて和歌山まで行って、手探りながらも食育の取り組みをしました。そのなかで私どもの計画がまずかったと感じたのが、やはり養殖物と天然物に対する考え方の部分です。私たちには全く見えていなかったということを、今、とても反省しております。またいろいろとご意見を聞かせていただければと思います。ありがとうございました。

若林:ありがとうございます。都市部での取り組みは確かに難しいですね。先ほど地域協働システムの話をしましたが、地域ぐるみで様々な点で協力・支援していただかないと、なかなかここまでできないと思います。
実は、私たちも、愛媛県の県庁のある松山市で実験的な取り組みを始めたのですが、現段階ではうまくいっておりません。そう考えると、根本的には、本来、日本人が持っていた心性、あるいは今の日本人が忘れかけたもの、たとえば、お互いの助け合いなど、いわゆる共同性といったものを視野に入れておくことが非常に大切だと思っております。ですから、都市部で取り組むときには、NPOなども含めて様々な形の協力体制がより一層、不可欠であり、少しずつ作り上げていくしかないのではないかと考えています。
それから、養殖魚と天然魚の話ですが、味覚というものは多様でして、実は養殖魚のほうが良いとする場合もあります。ですから、「そもそも天然魚はこういうものです。養殖魚はこういうものですよ。さあ、消費者の皆さん、あるいは、子どもたち、ご父兄の方々、価格のことも含めて、どちらが良いですか」というように、選択肢の多様性が重要でして、消費者のニーズに対応していくのが適切ではないかと思っています。


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