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研究課題名

NPO―学校の連携による食育支援プログラムの開発

発表者

朝岡 幸彦(あさおか ゆきひこ) 東京農工大学大学院共生科学技術研究院助教授

【目的】
食育基本法が2005年に制定され、教育現場では食育や食農教育、食教育の実践が非常に増えております。けれども残念ながら、それはそれぞれの教育現場でのバラバラな実践として取り組まれ、研究が進められ、紹介されているという状況です。そういう意味では、本発表会のように、食育研究に関わるいろいろなテーマを一堂に会して発表するという積極性はあるわけですが、問題は、こういう個別の実践をどうつなぎ合わせて計画化していくのかという視点が非常に重要ではないかと思います。それがなければ、たとえ個別にいろいろなユニークな実践があったとしても、それを継続させ、地域や生活を変えていく力にはつながっていかないのではないかという問題意識がございます。

そこで本研究は、小中学校といった義務制学校における食育から、不登校・青少年自立支援を行うNPOの食育までを一つの食育支援プログラムと仮定し、位置づけることによって、系統的な食育モデルの可能性を模索することを目的としております。

この研究そのものは、実際には学校教育現場の先生方にいろいろなかたちでご協力いただき、知見を寄せ集めてながら行っておりますが、主には相模原市の津久井地区、韮尾根というところにある東京農工大学の付属農場を一つの拠点として、東京の三鷹にあるNPO団体と一緒に積み上げてきたこの5年間の実績をベースに考えてみようというものです。

具体的には、青少年の自立支援のための食農教育実践、「ニローネ緑の学校」を立ち上げまして、これは施設があるわけではなく、バーチャルな学校だと考えていただければいいのですが、それを中心とした動きを、食育という視点から発展的にどう構成すればいいのかを考えることが一つ。

そしてもう一つ。実はこのNPO法人は、不登校の子どもたちのたまり場づくりから始まっています。学校からはじき出された子どもたちの受け皿をつくるところから始まっているために、学校の中でどういう食育、食農教育が行われるかという問題だけでは位置づけにくいわけです。ですから、学校の中で子どもたちがどういう食育を受け、そしてそこで何が目指されているのかということと、はじき出された子どもたちはなぜはじき出されたのか、そしてその回復のためにどういう食育の可能性があるのかというふうに、つなげた発想が必要になります。

そういう意味でも、NPOの実践にとても注目はしているのですが、それだけではいけない。可能な限り、小中学校における食育実践を、地域との関わりの視点から再構成することで、両者をつなげる計画的な食育モデルの基本的な枠組を提起したいと考えた次第です。

その意味では、野田知子さんの「大蔵田んぼを育む会」の実践は、学校とNPOとのうまい連携の仕方として非常に典型的なものですが、時間的な制約がありますので、できればポスターセッションのときにいろいろとお聞きいただくことにしまして、基本的にこの発表では、NPOと農工大の取り組みを中心にご説明したいと思います。

【方法】
この写真は、麦刈りをしているところです。特定非営利活動法人「文化学習共同ネットワーク」という組織は、不登校児のたまり場づくりから、青少年の自立支援を目指すパン工房「風のすみか」の設立に至る一連の取組をしています。パン工房ということが実は重要なのですが、その一連の取組の中で、農工大の付属農場と韮尾根地区の実践から非常に豊かな食育実践を蓄積してきました。

ここで一つ、不登校の子どもたちのたまり場づくりをしているNPO団体が、どういうことに直面するかということをご理解いただきたいと思います。それはある意味ではわかりやすいことなのですが、不登校の子どもたちは何らかの理由で学校に行けないというところから出発しています。場合によっては、ずっと学校に行かないで、そのたまり場で学齢期を終えるまでいるということも起こります。そうした場合、そういう子どもたちが、学齢期を終えてすぐに社会に出て仕事ができるか、生活ができるかというと、すべてがそうだというわけではありませんが、条件的にはなかなか難しいわけです。

そうなったときにNPO法人としては、そういう子どもたちがどういうかたちで社会の中に居場所を見つけ、自分たちの生活を支える仕事をつくっていくのかということを考えなければならなくなります。そして、その踏み出しの中で、パン工房というものが必要になるわけです。

先ほどの麦刈りの写真ですが、実は、すみか農場という名前の農場をつくって、パンの材料の一部を彼らは自分たちでつくっています。韮尾根地区に古い古民家を借りて、そこで共同生活をしながら、材料をつくってパンに加工し、それを販売して生業にしていくという一種のトレーニングをしています。それでずっと食べていくことはできませんが、就労トレーニングの場としてNPO法人がそういうことを展開せざるを得なくなっているという現実があるということを、一つご理解いただければと思います。

しかしながら、先ほど少し申し上げたように、NPOの取組をNPOだけで位置づけようとすることは非常にいろいろな問題が起こります。不登校の子どもたちを対象にしたNPOの活動に注目することによって、学校で教育を受けている子どもたち、あるいはそれ以外の市民の食育の問題が視野に入らなくなってしまう危険性があるからです。ですからその点では、NPOの活動とともに、学校教育現場で何らかのかたちで地域とつながりながら活動している食育実践についても視野に入れていくことは非常に大事であることは理解しております。

【食育・食農教育の基本視点】
その意味では、私どもが一つ、キー概念として位置づけたいというものがここに書かれております。この研究では、これまでバラバラに取り組まれ、評価されてきた食育プログラムを、学校・地域・家庭をつなぐ一連の「共生型食育支援プログラム」として組み立てることによって、食育推進計画を策定・評価する一つの基準を提起しようというねらいがあります。実際にはどこまで提起できたかということについては問題がありますが、少なくともそういう見通しの下にこの研究に取り組んでいます。

ここには食育推進計画云々ということが食育基本法との関係で書いてあります。今、まさに教育基本法の改正問題が浮上していますが、改正案、政府案等を見ますと、地域教育振興基本計画の策定が条文の中に盛り込まれています。そうすると、地域全体でどう教育を計画化していくのかという視点がよりいっそう重要になってくるわけです。この食育推進計画と地域における教育振興基本計画の整合性をつけていくためにも、バラバラな食育の実践を乗り越えるような何らかの手法が開発されなければなりません。

1.農業の教育的価値の捉えなおし
そのためには、いくつかのキー概念について、改めて我々なりに捉え直すことが必要となります。例えば、食育、食農教育の基本視点ということが書いてありますが、よく私どもは食育や食農教育をする場合に、農業が持つ教育的な価値、農業の教育力、あるいは食の教育力という言い方をするわけですが、実はこれが一般的なレベルで捉えられて終わっていないかということを申し上げたいのです。今回はそれが主旨ではありませんので細かなお話はできませんが、農業の教育的価値に注目していくつかの先行研究を検討した結果、3つほどの特徴をあげることができます。

まず1点目は、都市と農村との生活環境の差が縮小するなかで、次第に農業・農村の教育的側面が希薄化しつつあること。つまり農村の都市化といえばいいのでしょうか。都市と農村との違いが、少なくとも生活環境という面ではなくなってきたことによって、教育力が薄れてきていることが指摘されています。

それから2点目は、そうとはいえ、農村に存在する豊かな自然環境、共同性や自然とかかわりながらすすめられる「農の営み」から、子どもたちは多くの影響を受ける可能性を持っているということです。都市化が進んでいるとはいえ、農村には非常に豊かな関係性がある。これを「農の営み」という言い方をしているのがポイントだと思いますが、そういうものがまぎれもなく存在するということです。

それから3点目は、農業の教育力を担う農民像の変化に注目して、現代社会に向き合う農業・農村の姿からも学ぶ必要があるのではないかという点です。

農業の教育力そのものについて正面から論じている研究は少ないのですが、散見する限りでは、そういう特徴、共通点が見られます。

2.学校給食、家庭の食育の問い直し
農業の、あるいは農の教育力をこういうふうに定義付けた場合、その後に何が見えてくるかがポイントです。例えば、今日の第2報告にありました白尾先生の東京日野市における学校給食の取組は非常にすぐれた実践ですが、その取組みのなかから、改めて学校給食の意味、積極的な意味を捉え返してみる必要があるのではないでしょうか。

あるいは、新潟市の郊外に聖籠中学校というところがありまして、そこでは郷土食の講座が地域参画のかたちで進められています。その中で「お袋の味」というキーワードが出てきたのですが、ではそれは一体何なのか。「お袋の味」という言葉は非常に一般的に語られますが、分析的科学的に見ようとすると説明できません。ですから、そういった家庭における食の問題をどう位置づけるかということについても、やはりきちんとした枠組を持たなければいけないという問題があります。

つまり、我々が食育や食農教育を語る際に、当たり前、当然のものと捉えている概念をもう一度捉えなおし、そこから再構築することによって、系統的で体系的な食育推進ができるのではないか、そういう準備が必要ではないかという思いがあるわけです。

3.生活知としての食育・食農教育
その他にも、今回の研究報告では割愛しましたが、学校における取組の一つのキーワードとして、生活知という考え方が出てまいりました。学校で教えられる知そのものを否定するわけではありませんが、教科書を通じた知のありようのほかに、生活体験を通して学んでいく知というものが学校の中にもあることにも注目したほうがいいのではないかという論点がありまして、そういう視点も非常に重要だということがわかったということを申し上げておきたいと思います。

【若者の社会的自立と食農体験】
では、いよいよ本題です。ここには、不登校の子どもたちの居場所であったNPOが青年たちの自立支援、就労支援のパン屋さんをつくるというプロセスが、いったいどういうものだったかということが書かれています。かなり煩雑ではありますが、実はこういうプロセスの中に一般化できるものがあるのではないかと私は捉えているのです。残念ながら、ここから特定の尺度を取り出して、こうすればいいという結論にまではまだ至っていませんが、青年たちがパン屋を立ち上げるにあたって踏んだプロセスは、別のところでもかなり応用できる食育・食農教育の基本的なものを含んでいると考えているわけです。

実は、今年の11月に『子どもと大人が学ぶ食と農』という本が農文協から出る予定です。それには完全に収録されていますので、できればそれを改めて見ていただきたいのですが、ここには、NPOの方がその本に書いた内容の項目、特徴だけが書かれております。

1.農業体験を通した働くことの基礎経験
まず、農業体験を通して働くことの基礎経験をするということが非常に重要だということを指摘しておられます。第1に、身体レベルでのコミュニケーション能力の回復、第2に、農業体験を通して共同でものをつくり出す喜びというものが重要なのだと書かれております。ここでのキーワードは、「体を開く」という言葉です。つまり、不登校の子どもたちというのは、様々な関係性の中で失敗をしたことによって、体も心も萎縮してしまっているのです。その萎縮してしまった心身をもう一度開くための準備を農業体験は用意してくれるということが書かれていまして、まだ吟味の必要はありますが、非常に重要な提起であろうと思っております。

2.働くことを通して働くことを学ぶ
それから、もう一つ彼らが言っていることは、働くことを通して働くことを学ぶ。同じことを2回言っているのではないかと思われるかもしれませんが、そうではなくて、青年たち、あるいは子どもたちは、ある時期にきちんとよい働き方を経験しておく必要があるのだということです。よい働き方とは何かというと、端的には良い人間関係の職場できちんと働くということです。つまり、失敗が認められ、その失敗を取り返すように職場のみんなが意思統一をしながら目標を達成していく。その達成感、共同感、あるいはアイデンティティというものが重要で、そういう体験が、パン屋ではできるということです。実のところ、パン屋というのは3Kと言われるくらいの厳しい仕事で、採算性も難しいのですが、あえてパン屋に取り組んだ積極性があるのだと言われています。

 

3.「すみか農場」実践報告
そして、実際のすみか農場での取組についても、実践報告というかたちで6項目にわかれていますが、非常に興味深い箇所がありますので、そこをご紹介したいと思います。
「朝食、昼食、夕食と、寮で取る食事はすべて塾生が自分たちでつくって食べるようにしている。もちろん彼らの多くは料理などほとんどしたことがない。『やったことがありません』『わからないので無理です』と、初めから食事作りに参加したがらない。そんな彼らにどうにかキッチンに入ってもらい、彼らの中にある料理に対する難しいという認識を崩すことが先ず初めの課題となっている。スタッフの手伝いから始めて、徐々に一人で1品でも作れるように取り組んでいく。そうすると、その中で、『この前教えたつくり方で全部やってみて』と任せたりもする。味が薄すぎたり、何を作ったのかわからない状態まで加工されたり、それぞれ何度か失敗するのだが、数回の失敗を繰り返した後、やはりそれなりのかたちになってくる。料理をする中で身につけてほしいこととして塾生たちに伝えているポイントは、段取りをつけて働くこと、想像して判断することの2点である。」
「また、彼らの多くは味見をしてもわからない。『ちょっと見てください』と必ず聞いてくる。経験がないためか、これでいいのか、全体にどのような味になっているのか、想像がつかないという面がある。根本的には自分で判断するということを避けている場合が多い。自分でこれでよいという判断をせず、他の経験ある人に教えてもらったほうが考えずに済み、責任も取らずに済む。彼らが今まで生活してきた中で、自分で判断したものを他人に見せる機会は少なかったのではないかと思う。」

これが何を言っているかというと、自分が主体的に責任を持って判断して行動し、結果をきちんと受け止めるということなのです。これは、食育の場合でもこういうことが起こるということを非常に典型的に語っていると思います。

共生型食育支援プログラムの可能性
最後に、私が申し上げたいのは実は当たり前の結論です。つまり、体系的に食育推進を進めるにあたって食そのものに注目することもとても重要なのですが、実は、食の背後にある人と人との関わり――例えば、地域の農産物を地域で消費する地産地消は大事ですが、それをつくる農民の姿や調理する人々や親の姿、そしてそれらの人々と関わりながら生きていく自分の姿を想像する能力を育むことが非常に重要で、むしろ人と人との関係性に焦点を合わせて、それをどう回復していくのかことを今回の研究の中心に据えなければならないということです。非常に言葉足らずで申し訳ありませんが、以上で終わります。

 

座長坂本:どうもありがとうございました。大変深いお話を伺いまして、感動する点がいくつもございました。どなたかご質問はございますか。

質問:今日は、食育というのはどんなことをやっているのかという関心を持って参加させていただいたのですが、やはり食というのは非常に家庭的な要素が大きいと思います。つまり、子どもの教育と同時に、食をつくっている母親の考え方が非常に大事だと思うのです。そういったことに対しては、どんなかたちで取り組んでいくのかということをお聞かせ願えればと思うのですが。

朝岡:限られた時間でお答えするのは非常に難しいのですが、ただはっきりしていることは、例えば、今ご紹介した不登校の子どもたち、あるいは引きこもりがちな青年たちを支援しているNPOでいいますと、やはり親や地域の人たちの支援が不可欠です。NPOそのものも経営的に非常に厳しいですし、パンをを販売するルートの確保など、様々な段取りも非常に大変です。そして、そういう関わりを通して親自身も変わっていくという話をずいぶん聞きます。ですから、子どもに食育をする、そういう機会に親が子どもを連れ出すということも悪くはありませんが、食育自体を子どもの問題としてではなく、親自身の問題としても捉えて、自分も行動していくという、そのきっかけとプロセスが非常に重要だと思います。


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